ITO Thailand Hygiene Blog
パーソナライズフードのトレンド(高齢者・CKD患者編)
パーソナライズフードのトレンド(高齢者・CKD患者編)
食品産業におけるトレンドの変化を追跡してみると、大量生産は時代遅れになってきています。では、パーソナライズフードとは何でしょう。一緒に学んでいきたいと思います。
食品産業における競争の変化
現在、食品業界では開発競争が非常に高まっています。これまでは業者レベルの大量生産が主で、次いで、その時代に開発された技術を用いた製品の清潔さ、安全性、品質という面での競争がありました。しかし、現在そして将来については、食品が安全で良質というだけでは不十分になっています。消費者が入手できる情報が多くなっていますので、生産者の競争も高まり、製品の価値を高めるプレミアム化(Premiumization)といった新しいトレンドが生まれているのです。これには、たとえば、特級品や特定生産地の原材料を使用する、持続可能性を重視する、デザイン、パッケージ、特別な感覚をもたらす食べ方、成分、栄養や健康機能の増強などが挙げられます。さらに、消費者の購買行動が変化し、美容のための食品、筋肉増強のための食品、免疫力を高める食品、消化を助ける食品、骨を強くする食品など、自分の求める機能のある食品を選ぶようになってきています。それだけでなく、身体の異常、食品アレルギー等、食事の管理が必要な病人からのニーズもあり、代替タンパク質、代替炭水化物といった新たな代替食品も生まれ、様々な側面で特定のニーズのある人向けの食品やパーソナライズフード(Personalize/tailor-made food)がトレンドとなっています。
特定のニーズのための食品作りにおける設計
特定のニーズのための食品の設計は、ニーズのある人の目的によってそれぞれ方法が異なります。たとえば、機能性物質(ビタミン、抗酸化物質、植物エキス、プレバイオティクス、ポストバイオティクス等)を添加することによる製法改善、特定の消費者に合わせたフォーミュレート(Formulate)、食感の改善、形状の改善(3Dの使用等)、ニーズに応じた栄養素放出時間の設計(カプセル化技術等)などがあります。
今回は、研究者らにより重視され、新製品開発が試みられているニーズや必要性の高い食品の例をご紹介します。
高齢者向けの食品
現在、国家そして世界全体が高齢化社会に向かっています。つまり、社会における高齢者の割合が高まっているということです。高齢者の食事に関する問題とは、栄養素が十分に摂取されないという問題であることが多いです。原因は色々ありますが、たとえば、味蕾(みらい)の劣化により食欲が減退している、口腔で唾液が出にくくなっている、噛み砕くための歯が失われている、食べ物を飲み込む時の口腔内の筋肉に問題がある、栄養素の消化・吸収能力などがあり、これらにより、高齢者の多くは栄養素が十分に摂取できていないのです。
高齢者向け食品の設計方法としては、高齢者向けに栄養・エネルギーを補強した製法を設計することもできます。これは食事に代えて、又は、食事に加えて摂取することのできるもので、多くの場合、摂取しやすい液体の形状で作られます。また、固体の食品の場合は、食感を改善して柔らかく噛みやすくするための技術を使用することもあります(圧力、酵素、熱、パルス電界、凍結融解による構造破壊等を使用)(1)。さらに、効果を高めるために、複数の技術を併用することもあります。たとえば、酵素を添加することで野菜を柔らかくする時に真空含浸技術(Vacuum Impregnation)を用い、圧力の違いによって野菜の深くまで酵素を浸透させられるようにするなどです(2) 。液状の食品又は飲料の場合は、液体の粘度を適切に設計することで、誤嚥(ごえん)のリスクを低減します。たとえば、製品にハイドロコロイド系物質を添加することで粘度が高まり、吸水性を高めることができます。アメリカ栄養士会(American Dietetic Association)では、嚥下に問題のある人に適した最低粘度を51 cPと推奨しています(3) 。
慢性腎臓病(CKD)患者向けの食品
タイでは慢性患者が徐々に増加しており、保健省管轄の病院からの2021年の報告によると、ステージ1〜5の全慢性患者は1,007,251人となっており、死亡はこれまでより増加している傾向にあります。すなわち、2016年の死亡率は国民10万人に対して14.24だったのが、2020年の死亡率は国民10万人に対して16.49に増加しているのです (4) 。
腎臓には身体から老廃物と余分なミネラルを排出する役割があるため、腎臓が弱った時には、食事を管理することによって腎臓の負担を軽減することが必要となります。腎臓による老廃物排出の効果が損なわれると、身体に老廃物が蓄積され、他の健康問題も増加しますから、そのリスクも低減しなければなりません。
ミネラル
CKD患者は、ナトリウム、リン、及びカリウムの摂取を制限しなければなりません。そこで、現在では、低ナトリウム調味料等、これらのミネラルを減量した調味料が開発されています。また、このニーズに応えるための塩分控えめのレシピや、ナトリウムに代えて他のミネラルを入れたレシピもあります。
タンパク質
通常の腎臓は、タンパク質の老廃物を尿素の形態で排出する働きを持っていますが、腎臓の機能が低下すると、尿素が排出されにくくなってしまいます。ですので、CKD患者は日々のタンパク質摂取量を管理する必要があります。
尿素が腸内に蓄積されていくと、尿素を好む一部の種類の微生物が尿毒素を生成し、炎症を起こすことがあります。現在では、こうした症状を起こす微生物の量を低減させるためのプロバイオティックス(身体に有益な微生物)の研究も始められています (5) 。
脂質
比較的重度の患者の場合、タンパク質の摂取を制限しなければならないため、身体に取り込まれるエネルギーが不十分になることが多くなります。そこで、患者向けに製法を設計する食品においては、身体のエネルギー源となる(良質の)脂肪を増量するようにします。
References
1.Ueland, Ø., Altintzoglou, T., Kirkhus, B., Lindberg, D., Rognså, G. H., Rosnes, J. T., … & Varela, P. (2020). Perspectives on personalised food. Trends in Food Science & Technology, 102, 169-177.
2.Hernández, S., Gallego, M., Verdú, S., Barat, J. M., Talens, P., & Grau, R. (2022). Physicochemical Characterization of Texture-Modified Pumpkin by Vacuum Enzyme Impregnation: Textural, Chemical, and Image Analysis. Food and Bioprocess Technology, 1-13.
3.Fernandes, J. M., Araújo, J. F., Vieira, J. M., Pinheiro, A. C., & Vicente, A. A. (2021). Tackling older adults’ malnutrition through the development of tailored food products. Trends in Food Science & Technology, 115, 55-73.
4.カモンティップ・ウィチットスントーンクン(2022)『疫学と慢性腎臓病防止策の見直し』 オンライン:https://ddc.moph.go.th/uploads/publish/1308820220905025852.pdf
5.De Mauri, A., Carrera, D., Bagnati, M., Rolla, R., Chiarinotti, D., Mogna, L., … & Del Piano, M. (2020). Probiotics-addicted low-protein diet for microbiota modulation in patients with advanced chronic kidney disease (ProLowCKD): A protocol of placebo-controlled randomized trial. Journal of Functional Foods, 74, 104133.
Related Post
-
食品安全文化
食品安全文化は、企業の評判を守り、従業員の健康と安全を確保し、顧客に安全な体験を提供する上で重要な役割を果たしています。
-
新しい食糧源の安全問題
新しい食糧源がトレンドになっています。植物性タンパク質、昆虫タンパク質やその他の供給源について、注意すべき安全上の問題には何があるでしょうか?
-
英国小売業協会(BRC)規格
食品安全管理システムは、安全で高品質な食品の生産と消費者への流通を確保する上で極めて重要な役割を果たしています。グローバルな食品サプライチェーンがますます複雑化する中、食品事業は、安全性、品質、業界標準の準拠を最優先とした効果的なシステムを導入しなければなりません。食品安全マネジメントシステムには、食品の生産および供給プロセスの各段階において、潜在的な危害を特定・予防・管理するために設計された一連の手順、プロセス、統制を含みます。こうした積極的なアプローチは、消費者の健康を守るのみならず、競争が激化する市場において食品会社の評判と信用を守ることにもなるのです。
-
フードアートの世界におけるフードサイエンス(パート1)
食品科学の知識は、新しい料理を産み出すためにどのように活用できるでしょうか?
-
FSSC 22000
食品製造業者は、食品安全基準とプロセスを確保しなければなりません。FSSC22000は、世界食品安全イニシアチブ(GFSI)が認定する食品安全マネジメントシステム(FSMS)の公式認証プログラムです。この認証スキームは、サプライチェーン全体の統一性、公開性、安全性を確保するための一連のガイドラインと手順を提供し、農家から小売業者まで、食品・飲料業界で事業を営むすべての企業に適用されます。必要な基準を満たし、FSSC 22000認証を取得することで、食品品質に関する要求基準を満たし、食品偽装、食中毒、高価なリコール、その他の外部からの脅威に関連するリスクを管理・軽減するための効果的なプロセスを導入していることが証明されるのです。
-
人工甘味料の食品安全面
砂糖代替品、非栄養性甘味料、高甘味度甘味料としても知られる人工甘味料は、食品や飲料に甘味を加えるために、スクロース(テーブルシュガー)の代わりに利用される人工的に製造された化合物です。通常の砂糖よりも甘味度がかなり高いため、同等の甘味度を得るために必要な人工甘味料はわずか(200~20,000分の1)です。こうした甘味料は、少量しか使用されない場合、カロリーがとるに足らないものであるため、しばしば非栄養性甘味料と呼ばれます(4)。